日下部ラヂヲ商會

カムバックHAMです。昔諦めた電信を習得して海外交信するまでを綴っていきます。←達成しました。

昔のリグ発掘

諸用があって実家に戻ったついでに昔使っていたリグを発掘した。

TS-830V
開局3年目にハム交換室の買いますコーナーに投稿し、愛知県の局長さんから譲ってもらったブラックエンブレムの初期型。外観はすごい状態だったので丁寧に水拭き。ツマミも外せる物は外してネバダルで磨いた。アクリル板は中性洗剤で洗い、メラミンスポンジで汚れを除去。見た目だけはかなりきれいになった。気を良くして電源投入。VFOは正常っぽい。HFのアンテナが無いので144/430Mのモービルホイップを取り付けて受信。7MのLSB、AF/RFツマミを調整してやるとJA各局が入感。まったく使えないってことは無さそう。7.150MHz辺りに出てる局も居て本当に7メガ拡張されたんだと実感。他のバンドも切り替えてみたが何も聞こえなかった。
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次のリグへ行く前に安定化電源を発掘。こちらも埃まみれだったが、圧縮空気で吹き飛ばして水拭きしたらまともになった。電源オン。テスターで電圧チェック。6〜16V辺りまで可変。内蔵電圧計がテスターの測定値より0.8V程低く出る。許容範囲か。トランスの30A電源なんて、いま新品で買ったら高いから動いて良かった。

TR-9300
6m機3台は保存状態が良く、フロントパネルはから拭きで済んだ。うちのTR-9300はKENWOODエンブレムの最終型。電源コードつないで起動。FT-817NDを持ってきて、横に置いて受信チェック。この至近距離ならアンテナなくても入感する筈。RFゲインを調整してテスト。OK

MX-6S
単3マンガン乾電池6本で駆動。裏ぶたを開けたら50.150〜250(MHz)とマジックで書いてあった。これを入手したときはSSB専用で考えていたのでこの辺が妥当だったと思う。けれども、今のバンドプランだとSSBで使うにはちょっと低いだろうか。ちゃんとしたアンテナ付けてワッチしてみないと分からんな。受信はたぶん大丈夫、送信は試してない。

FT-690+FL-6010
開局時のリグ。専用リニアアンプは2年目に買い増した。これも電源コードつないで起動。受信は動作おかしいところが見当たらない。SSB/AM/FMすべて復調してる。CWはキーが無いのでテストしてない。内蔵ロッドアンテナを伸ばしてマニュアルスキャンすると50.079MHz辺りで高速CQを出してるCW局がいた。3回程聞いてJ**B?Eとコピー(プリフィクスは伏せ字)。速過ぎてセカンドレターがHなのかSなのか判らない。これぐらいサラッと取れるようになりたいものだが*1。リグのほうは恐らく送受信とも大丈夫っぽい。ちゃんとしたアンテナ付けてテストしてみたいところ。

V/UHFのFM機は閉局したときに処分したが、6mとHF機は愛着があり、いつか再開したらまた使いたいと思って残しておいた。大丈夫そうで安心した。本当に使うときは総合点検に出したいものだが。

書籍も幾つか見つけた。「実用アンテナスタイルブック」と「チャレンジDXCC 10Wで世界を旅する」および「解説付き上級ハム国家試験問題集」アンテナ本は此処に載ってるのは1コも作ってないな。記憶にある自作アンテナは10mのヘンテナ、6mのターンスタイル、ZLスペシャル、ヘンテナフォーク、2mのダイポール、430Mのヘンテナハットぐらいか。

DXCCのほうはJA1CJF糸山OM著、アンテナは地上高20m以上の14/21/28M 7エレと21/28M 4エレCQ、加えてSN100前後の良コンディション、当然CWも駆使というちょっとマネできない雲の上の環境でないと10Wで100カントリーなんて無理なのかと今読んでも思う。巻末のDXCCカントリーリストにQSOとQSLのチェック書き込みをしていた。

JA、HL、YB、C2、KL7、W、KH6、KH2、OH、TI、UA9、OZ、JD1/O、VK9X、VU4、H4、T30

17QSO、13QSL。アジア、オセアニア、北米以外は交信した記憶が無かったのだけどSSB 10W+4エレ(CY154)で北欧や中米まで届いていたとは、サイクル22ピーク前後のコンディションのおかげであろう。VU4 Andaman & Nicobar Is.があるのはすごい。今かなりの珍エンティティだぞ。たぶんパイルになってなかったのだと思う。けれども当時はQSLカードのコンファームにはあまり熱心でなかったので*2、ビューローで回収できなかったらそれまで。

上級ハム試験問題集を見つけたのは驚いた。自分では忘れていたのだけれども上級の勉強をしたことがあるのか。ページをめくると工学の電気回路辺りまでは書き込みがある。今と変わらない箇所で今より遥かに柔軟な頭でも挫折していた。進歩ゼロ

雑誌の付録はCQ誌1988年2月号の500号特別付録。500号に寄せた偉い人の挨拶文、JA1AN原会長と並んでJI1KIT小渕恵三(当時内閣官房長官)は感慨深いものがある。JRCの広告が渋い。

1990年1月号付録はDX通信の魅力。ちょうどサイクル22ピークの頃で、文章にも活気が満ちあふれている。巻頭カラーで3Yブーベ島を紹介。リグの広告はIC-780、FT-1021

最後に業務日誌。5冊目で1990年5月13日から始まって1994年8月14日まで記入。その後2年ほどパケット通信にハマったりしつつアクティヴィティを下げていき、1997年に諸般の事情により全アンテナ撤去してQRTするまでが第一期だった。

*1:と思って早ン十年

*2:今もだが。